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エースもねらえ

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8月からの天候不順で、この夏の芝生も生育不順。はらっぱになりきれないまま、10月の運動会を迎えそうです。

園内では、今年度から「研究保育」というものを始めています。これは、順番に各クラスの保育活動を、職員間で見合いながら、その内容を振り返り、語り合って深めていこうという取り組みです。またそれが、私たちの独りよがりにならないよう、外部講師も招くことで、客観的な視点も取り込むようにしています。

先日も、3〜5歳児保育を観察し、協議の場(カンファレンス)を持ちました。

当日、子どもたち個々の言葉に丁寧に応じながら、活動全体を進めていく保育者の姿に、私は、十人の言葉を同時に聞きとったと言われる、あの聖徳太子のお姿を重ねながら、見入っていたのですが、その後のカンファレンスでもそのことが話題に上りました。

私たちは、相手の言葉を聞くことで、その考えや思いを知ることができるのですが、反対に、自分の行動の意味をいちいち周囲に説明するものでもないので、他人はその行動の意味を勝手に想像しているものです。

そして、相手が子どもともなると、安易にその行動の意味を決めつけるか、子どもだから意味もないのだろう、と片付ける傾向が強くなるようにも感じます。
だからこそ私たちは、その子の本当の心情は何かを、慎重に洞察していく必要があるのですが、園内のある保育者が「子どもに問いかける」という実践を語ってくれました。

それは、「わからないのなら、本人に問うてみる」という、ある意味当たり前のことなのですが、これを意識的に実践してみると、こちらの想像を超えた答えが返ってくることに気づいたそうです。さらには、わかっているつもりのことでも、あえて問うてみると、実は違う思いを抱いて遊んでいたこともあったとか。子どもの思考を掴むための、簡単だけれど、大事な方法だと気づかされる話です。

「まずは聞くこと」は大事なのですが、それにどう「返す」のかということは、これもまた重要で、さらに難しいことだなぁと、つくづく思います。

子どもの言葉に、何をどう返すべきなのか…「少し考えるから、夕方まで待ってね。」なんて言えない…一瞬で判断し、反射的に返していく行為…まさにこれは真剣勝負。的確で完璧な返しなんて、ポンポンと繰り出せるものじゃない…だから…何度だって振り返る……研究保育だってする…学び続ける…私たち大人だって。

保育者たちが書き込んだ様々な記録や書類は、立場上、私の手元を通っていきます。仕事とはいえ、それぞれが思いを込めたものならばこそ、私も何かコメントを返したくなります…保育の質が、応答の質というならば、私の仕事にだって、この返しの質が問われていることをいつも感じます。

見方を変えれば、会話とはコメントの付け合い、その応酬。かつて、テレビでも見かける某教育学者の「コメント力」という本がヒットしましたが、パッと、何をどう返すのかにも力量が問われるということなのですね。

「どうだった?」も、相当のコメント力が問われる質問です(なので、子どもに対しては慎重に使うべき問い方ですが)。

「旅行、どうだった?」「あの映画、どうだった?」さらには「昨日、どうだった?」といった乱暴なサービスに、どんなリターンを打ち返すのか。そこそこ手短に、かといって「楽しかった」では済まされない…ある種の緊迫感も漂います。自分は何に心動かされたのか…その感性自体が問われているからです。

どうだった?…自分を棚に上げ、心を鬼にして、心で泣きながら…今日も職員たちに投げ掛ける…大好きな言葉です。

(平成29年9月号 園だより「ひぐらし」より)

1通の返信 to “エースもねらえ”

  1. 中村 より:

    今日の職員朝礼で余計な質問をしてしまいました
    「どうだった?」って聞けばよかったな(;_:)

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