フィード
投稿
コメント

秋とレイン棒

IMG 9066

爽やかな秋晴れの日、落ち葉に覆われた園外へと出かけた、にじぐみ(1歳児クラス)の子どもたち。この年齢ならではの、子どもたちの姿を追ってみました。

見る・聞く

今月の題字の背景写真…みんなで飛び去る飛行機を見送っている姿なのですが…これもこの時期にグッと伸びてくる「共同注視」という育ち。同じものを見ながら言葉を交わしながら…やがて他者と、思いを共有できるようになっていくための、重要なステップなのです。
今年は、子どもたちの「音」への関心に着目して保育を組み立ててきた、にじぐみの担任たち。カサカサと風に鳴る葉音に瞬時に気づき、さっと樹木を仰ぎ見た子どもの姿を見て、だからなのだね、と納得しました。

握る

ものを握る動作がしっかりしてくるのもこのくらいの時期。この日も、ほぼ全員と言っていいほど、棒を握っている瞬間がありました。そして、その棒で、落ち葉をかき分けたり、土に差し込んで見たり、何かを叩いて音を出してみたりと、棒を「道具」として使い始めていることが本当によくわかります。
そして反対に、周囲に構わずただそれを振り回す友だちには、それを諌める子までいて…道具として使うことの意味がわかることと一体的に、こうした道徳観というものも、少しずつ育まれていくのだなと感じました。

登る・滑る

そこに段差があるから…これが子どもたちが登る理由。良くも悪くも大人サイズの街設計。そこを移動するために乗り越えるべき障壁は、子どもにとっては高く、そして何とかしてそれを越えたいという思いは、それ以上に大きい。
全身全霊を投じて段差に挑んでいく姿を見ていると、バリアフリーとは、果たして子どもにとってよいことなのかを、考えさせられてしまいます。
高さが見えてしまう分、「登れても降りれない」のは、大人も同じかもしれませんね。だから子どもは「滑る」のです。

渡る

敷石の上、幅の狭い小径、盛り上がった尾根など、特別なルートを探しては辿る…そんなことが面白くなるのもこの時期です。
歩行が安定し、体のバランスが取れて、ぴょんと小さくジャンプができるようになってくると、それを使いこなしてみたくて、たまらなくなるようです。敷石を飛び移っていく時、自分なりの掛け声をつぶやいたり、「いち、に、さん…」と何と、8まで数えている子もいて驚きました。言葉は、こうした身体感覚と共に刻まれていくことを実感します。

子どもは、今、伸びようとしている能力を、盛んに使おうとすると言われています。なので、個々の発達に応じるためには、子ども自身で選ぶことができて、それに存分に浸れる遊び環境が大事になるのです。
では、そのために必要な大人の能力とは何でしょう。それは、急かさず、先回りせず、待ってあげる力なのかもしれません。まだまだおぼつかない足取りに、少しヒヤヒヤする思いと…戦いながら。

(平成30年11月号 園だより「ひぐらし」より)

1通の返信 to “秋とレイン棒”

  1. 中村 より:

    素敵な写真と文章 ありがとうございます。
    その子の生きている「今」をどう理解するか、その理解が進むとその子が生きている「今」に共感できるし楽しめる・・・僕も子ども達の散歩についていこうかな・・・

返信する