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保育界の一番長い日

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夜半の雨は想定外だった。夕刻からは雲が切れて、翌日から晴天が続くとの予報を信じていた。なので、卒園式の園庭での開催を決めていたからだ。

深夜ではあったが、翌早朝から、会場装飾のバルーン設置に取り掛かるI井氏に、ホール開催に変更の可能性ありとメールを入れた。

雨が上がった翌朝、少し遅れて保育園に到着すると、既にバルーンはホール側に運び込まれていた。園庭の真ん中に立って、足元に目を落としてみる。水はけは問題ないようであったが、気温はどうにも上がりそうにないなと、切れそうで切れない雲が、いっぱいに広がる空を見上げた。

そうと決まると心は晴れた。ホールでの式も、ぎゅうぎゅうな分、一体感を感じていいものなのだ。

それにしても、今年の卒園児たちは、式のリハーサルでもよく笑っていた。証書を渡す私の言葉や仕草にも、証書をもらう友だちの仕草にも、保育者のはなむけのコメントにも。それぞれに、面白く感じるポイントは違うようなのだが、少し退屈な式の流れに、椅子の上で体をもぞもぞさせながら、よく見て、聞いているものだなと感心する。

一体何が面白いのかなと、子どもの感性を不思議に思うことも多いが、この頃の年齢になると、この可笑しさがわかるようになったのか、と驚くことも多い。何に笑うのかというのは、知的発達のバロメーターだなといつも思う。自分が想定するその人や、その場の状況や雰囲気との微妙なズレを、敏感に感じ取れるから人は笑える。そのためには、相当の想像力や思考力が必要になると思うのだが、世に生まれてたった6年ほどで、この笑いのツボもグッと大人びてくる。

昨年までは、子どもとその保護者の席が、右と左に分かれて対面していたはずなのだが、なぜか今年は、左右に分かれたそれぞれの前列に子ども、後列に保護者というレイアウトに変わっていた。

壇上から保護者へ語りかける時、左右に首を振って、均等に視線を配る気遣いを、まだかなと、退屈そうに体をひねる子どもたちの頭越しに成し遂げねばならぬという…そこには、大きな試練が私を待ち受けていた。

そこで私は、日頃考えることも多い「子どもとオトナの境界線」について話したような気もするのだが、はっきりと覚えているのは、知らず知らずのうちに、体が椅子から崩れ落ちていくのを、懸命に持ちこたえようと蠢く幾重もの影を、左右に移す視線の隅で確認して、話を先へと慌てていたことだ。

玄関先で、お二人の来賓を見送ったあと、式場は「謝恩会」という、かなりこそばゆい会に模様替えされ、少し恐縮した面持ちで、子どもたちにエスコートされた席へと腰を下ろした。

司会に、演奏に、スライドショーに、印刷物に…普段私たちが接する母親、父親の顔とは異なる、オトナとしてのそれぞれの技量…そこに職場で奮闘する姿を重ね、想像しながら一人感じ入る時間が過ぎていく。ふと窓に目を移すと、その向こうには、早朝のようすが嘘だったかのように、春の陽射しを湛えた園庭が輝いていた。

夕闇を迎える頃、駅前の居酒屋には、日中の余韻を抱えながら、三々五々集る一団があった。保育者にとっては卒園式の、保護者にとっては謝恩会の、合同「打ち上げ」といったところだろうか。

最初に同席したY﨑母とM舩母からは、この「ひぐらし」の感想が聞けた、お酒に強そうなS藤母からは子育てと仕事への思いを聞いた、K岩父からは、行事毎のしおりのデザインを褒められた、通算11年のお付き合いだったE藤母から、周囲の助言を押しやってこの園に入園させたと聞いた、I藤母には、いつでもおいでと声をかけた、T本母と我が子の成長ぶりを分かち合った、後から駆けつけたA野父とT木母の、変な掛け合いが妙に可笑しかった…もっとたくさんの保護者と話したかった…お酒も入って、みんなはしゃいでいた、抱き合っていた、踊っていた…それは、親でもない、職業人でもない、かつての○○ちゃんに戻って笑い合う、素のオトナたちの姿だった。

人は、いくつもの自分を持っている。家庭で、仲間内で、職場で、地域で…それぞれの舞台で、それぞれに求められる役割を必死に演じている。でもたまに、どれが本当の自分かわからなくなる時がある。挙げ句の果てに、全部が自分なのだと達観してみせたりする。
素直でいたい、自然体でいたい…本当は、皆がそう思っている…幕間に戻れる自分の楽屋を探している…子どもだって、オトナだって自分らしくいたいのだ。

この6年間、親として舞台に上がり、まずまずだった第一幕の終演を、衣装を取って喜び合う役者たちの姿に、なんだか眩しさを覚えていた。もうひと盛り上がりで、ようやく今日一日も終わるのかなと、少し疲れた頭で考えていた。

そして間もなく、また、第二幕のベルが鳴るのだ。

(平成30年3月号 園だより「ひぐらし」より)

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