フィード
投稿
コメント

表現しないという表現

IMG 9120

幼児期や学童期も含め、保育・教育の世界にいると、絶えず、表現活動のあり方について考えさせられます。 運動会、作品展、発表会なども代表例なのですが、園生活を通した子どもと保護者の接点には、そのほとんどが「表現活動」を披露する場が設定されていることがわかります。

IMG 9117私たち大人は、なぜこれほど、子どもたちの表現の場にこだわるのでしょうか。

私たち大人どうしは、友人や知人に、これほどまでに何らかの表現パフォーマンスを求めることなく、人間関係を築いています。それはきっと、巧みな言葉の表現や、幅広い選択肢の中から選ばれた行動を見ることで、その考えや価値観を汲み取っているからなのかもしれませんね。 そういったものが、まだ見えにくい子どもたちが、一体何を思い描いて生きているのか…それを知りたくて、感じたくて、表現の場を求めているはずだと思うのです。

「ライブ型」と「展示型」。人が他者に何かを伝えるためのパフォーマンスには大きく二つの方法があるように思いIMG 9094ます。前者は演奏や演劇、後者は造形や文筆のようなものが代表例でしょうか。保育園や学校で言えば、前者が運動会や発表会、学芸会、後者が作品展や展覧会。 皆さんは、ライブ型パフォーマーでしょうか、それとも展示型パフォーマーでしょうか。これだって得手不得手がありますし、両方とも苦手な人だって多いのではないでしょうか。

それくらい、大勢の前で何かを表現するのって難しい。 ましてや子どもにとっては、人前がはずかしいなんて当たり前、ごっこや劇遊びは即興だし、絵画や工作なんて気が向いた時に思うがままに楽しむもの。全てのパフォーマンスは、まだ自分に向けて繰り広げられている時代なのです。

IMG 9114そういう意味では、子どもたちは、まだ未熟なパフォーマーなのかもしれませんが、立派な「表現者」であることには変わりありませんので、そこはぜひ、注意深く見守っていきたいところです。なぜなら、子どもたちだけでは、まだまだその環境や材料を準備していくことが難しく、そして、ちょっとした段差を超えていく時にも、私たち大人の下支えも必要になるからです。

運動会に続いて、先日のお楽しみ会でも、新たな表現の場を目指し、色々な試みを取り入れていきました。 そんな数ヶ月を振り返ってみた時、私たちは「ライブ型」や「展示型」でもない、実は「ドキュメンタリー型」とでもいうべき、第三の形に取り組もうとしていたことに気がつきました。

IMG 9100「表現するための表現」には、まだこの幼児期は、意欲的でない子も多いものですが、当たり前のことですが、どんな子の日常も、実は「表現」に満ち溢れています。お楽しみ会の当日、保護者のみなさんを、スイーツのお店やさんごっこでお迎えしたように、実験、コマ回し、けん玉、体操、サッカー、劇、歌、マジックと、それぞれが見せたい遊びを選んでいったように、それぞれの日常のパフォーマンスをそこに「再現」しようとしていた…そんな表現の場だったような気がするのです。

「情熱大陸」「カンブリア宮殿」「ガイアの夜明け」「プロフェッショナル仕事の流儀」「プロジェクトX」…人の活動プロセス(ドキュメンタリー)には価値観や考え方、その人らしさが滲み出る…日常を生きる姿こそがパフォーIMG 9109マンス。人前が苦手だって、手先が不器用だって、速く走れなくたって、本当は誰もがカッコいいパフォーマーなのだと思うのです。(皆さんだって!)

その子らしさは、それぞれの毎日の「生き様」に現れる…保育園でのそれを、みんなで感じ合うことを求めて…この秋を過ごしてきたのかもしれません。

(平成30年12月号 園だより「ひぐらし」より)

返信する