フィード
投稿
コメント

IMG 8534

連日の最高気温の記録更新。それを知ってか知らずか、おやつを食べ終わると、園庭に駆け出していく子どもたち。その後ろ姿と窓越しに広がる真っ青な空を交互に眺めながら…今日は、部屋で過ごすべきなのか…まさかこんなことを案じる時代が来ようとは。昨今の夏はジレンマの季節です。

そして今、誰もが気になっているのが毎日の最高気温。このタイミングに乗じて、玄関脇にちょっと大きめの温度計をぶら下げてみました。

今日は何度かなと覗き込む大人に…きっと子どもはこう問いかけるはず。

「これ何?」
(おおっと…温度ってわかるかなぁ。)
「温度計。赤い線が高いほど暑いの。」
「赤い線?」
「こっちからだと見えるよ。」
「ほんとだ。横の10とかは?」
(そりゃ気づくよねぇ…ええっと…)
「赤い線のここ、30超えてるでしょ…それで、ひとつ…ふたつの線を超えているから、今は32度、だから暑いんだね。」
「どうして赤い線、動くの?」
(ええ!どうしてって…)

とまあ、ここまで問われるかはわかりませんが、年齢やそれぞれの理解、興味に応じて、様々なレベルの質問が飛んでくるはずなので、それを何とか打ち返してみてくださいね。

そういった時に、「この説明は、まだ少し難し過ぎるなぁ」と感じることはよくあることですが、人間とはよくできたもので、子どももあまりにも自分の理解を超えた返答は、すぐに諦めて深追いをしないものです。また、花が咲く理由や鳥が空を舞う理由にこだわらないように、あるがままを受け入れていく姿もまた子どもです。なので、理解の有無にはこだわらず、精一杯答えていれば、その取捨選択は子どもが勝手にやってくれます。一見不毛に感じるやりとりも、続けていれば、いずれ伝わる日が来るのです。

IMG 8440それよりも、大人自身がそのことに関心があること、心動いていること、面白がっていることを表現してあげることが、ずっと大事なことだと思うのです。

読み取った温度を読み上げながら、「今日も暑いねぇ。」と呟く姿を見ているうちに、温度計の持つ意味や役割を、子どもたちは少しずつ知っていくのです。やがて、呟かれている数字は、どうやら板に書かれている数字と関係があるらしいことに気づき、目盛りの読み取り方を尋ねられるかもしれません。そしていずれそれは、長さを測る定規の使い方にも生かされていくことでしょう。

大きい・小さい、長い・短い、多い・少ない、重い・軽い、暑い・寒い、硬い・柔らかい…この時期の子どもたちは、量を自分なりの感覚で、主観的に表現しています。なので、みんなで「長い」棒を集めても、その長さはまちまちなのですが、「はかる」ことができれば、それぞれがイメージする長さを、より正確に共有していくことができます(厳密性)。

また、料理の塩加減のように、量を測って投入すれば、いつも同じ味を作り出すことができます(再現性)。

IMG 8518観的で曖昧で混沌とした乳幼児の世界を脱し、客観的で厳密で秩序ある文明世界へ駆け上がっていくために…「はかる」ことは大事なパスポートひとつのような気がします。

ただ一方で、「だいたい」「たまたま」「自分なりに」が許されなくて、たまに窮屈に感じる大人社会から見ると、乳幼児らしいあの「いい加減さ」が、とても眩しく見えるのですが。

先日、専門家の指導の元、親父の会のみなさんの力を借りながら、芝生のポット苗(苗床で育てた芝生)を、園庭の夏芝が剥げている箇所に移植していきました。

移植した芝は、今夏は十分に伸び切らなくても、その根は残っていて…来夏にまた勢いづき…これを3年繰り返せば、芝生の隙間は埋まるとのこと。目先の育ちに気を取られず、目指すのは、3年先の根っこの育ち…なるほど…芝の世界もそうでしたか。

強い日差し、滝のような汗、最後のアイスキャンディー…この夏のひととき…親父たちに、ありがとうを。

(平成30年7月号園だより「ひぐらし」より)

返信する