フィード
投稿
コメント

おせちもいいけど

IMG 78872

明けましておめでとうございます。

さて、以前から見たい見たいと思っていた映画に「みんなの学校」というものがありました。3年ほど前に公開され、日本のあちこちで、自主上映会もされてきたドキュメンタリー。私の身近な場所でも上映会など何度かチャンスはあったのですが、なかなかタイミングが合わずに歯がゆい思いをしていました。するとなんとこの年末、たまたま点けたテレビチャンネルで、この映画の放映に出くわしたのでした。ゴロゴロと過ごす年末年始も悪くないものです。

「みんなの学校」は、支援が必要な子も含め、在籍児童みんなが同じ教室で学び、誰もが通い続けることができる学校を目指す…大阪市立大空小学校の日常を追ったドキュメンタリーです。

「学ぶとは、どういうことなのかを考えさせられた。」
大空小学校に赴任直後の若手教員の言葉が印象的でした。どんな子も、みんなが同じ部屋で過ごすというスタイルは、保育園や幼稚園などの乳幼児施設では普通のことですが、それでも、ある程度の発達段階(年齢)によって部屋を分け、クラスを編成しています。なので厳密に言えば、「どんな子も一緒」というわけでもなく、これは、学年ごとには別教室になる大空小学校も同様です。

IMG 78722教科的な学習効果までを考えた場合には、どういったクラス分けが有効なのかは、実は難しい問題なのですが、人間形成も含め、もう少し幅広く「学び」を捉えた時に、その悩ましさはさらに深くなる…この簡単には答えの出せない問いに、真正面から向きあっているから、あのつぶやきが生まれるのかもしれません。

クラスをどう編成するのかといったこと以上に、大空小の実践が語る本質的なメッセージ…それは、「あなたと私は違う人間」という前提を徹底的に貫き、それを乗り越えることで、一人ひとりの居場所を作り、本物の仲間作りをしようということなのだと私は思います。

友だちとトラブルになったある男児に、「あなたという人を、相手に理解させていないから、そうなるの。」と教員が諭す場面が登場します。相手と自分は違うという前提に立つことは、まず、相手の思いや考えを、決めつけず冷静に理解しようとする敬意が必要なのですが、それ以上に、自分を理解してもらうために、自分の心を開いて、相手に見せる「勇気」も求められていくのですね。

同質の価値観や能力でまとまることは、一見うまくいきそうに思えるのですが、それが異質なものを排除することで安心感を得ようとするものであるのなら、そこでの学びは少し物足りないものとなるように思います。

IMG 78712そのまま、ゴロゴロと新年に転がり込んでいくと…次に目に留まったのは、中高年は立ち入り禁止!と銘打った、若者たちによる討論番組。なので、私は見つからないようにゴロゴロと伏せった体勢のまま、こっそりと視聴。

この日は、彼らが社会全体に感じる「根拠なき不安」がテーマ。なんだかんだと叩かれがちな若者たちの、その語りには、鋭敏さと…それ故の苦しさと…そしてある種の優しさが漂っていました。

不安の根源は孤独を恐れること…そう語った出演者がいましたが、これからの社会を模索する手掛かりを、もっと豊かで確かな「他者との繋がり方」に求めている…どの出演者にも共通する認識だったように思います。豊かな繋がりとは、価値観の多様性を前提とした…「あなたと私は違う」ことを踏まえた連帯だと思うのです。そして、安易な気遣いや思いやりといった同調を超え、対話を続ける関係が確かさなのでしょう。

若者と言われる彼らの率直な語りからは、いつも学ぶことが多いと感じます。それは、若者たちの思いを理解するその先に、もしかしたら、物言わぬもっと若者=子どもたちのありようも見えるのかも、という期待があるからなのです。

そしてあっという間の、正月最終日。ゴロゴロと行き着いた先は、かの「君の名は。」地上波初放送。あれはなんと、時空をも超えて人が繋がるという…もっとすごい話でした。

本年も、みんなの繋がりが深まる一年となりますように。

(平成30年1月号 園だより「ひぐらし」より)

返信する