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3歳の憂鬱

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 年越しにお迎えする歳神様は、正月が開けるまでの間、鏡餅の中に宿ると言われています。その鏡餅をお供えするために、年末に餅つきを行うものなのですが、地域のイベントを兼ねるようになった近年では、正に師走だからなのか、何となく忙しない年末を避け、年明けの小正月やどんど焼きなどに合わせて、餅をつくことも多くなったような気がします。

 みんなが今突いているお餅は、実は「お米」であることを知って欲しくて、毎年の年末の餅つきでは、それをかまどで蒸している様子や、ご飯になる「うるち米」と、お餅になる「もち米」を、かまどの前に並べて置くようにしています。

 今年も、その皿を台の上に並べながら…「ちくわ」や「かまぼこ」が、魚のすり身であることを、それがどんな種類の魚なのかということを、子どもたちに伝えることに、あまりこだわらないのはなぜだろう…そんなことに思いをめぐらしていました。お餅もいずれ、「切り餅」という加工食品として、何から出来ているのかになんて、誰もこだわらなくなる…そんな日が、やってくるのでしょうか。

 この2種類の米粒の入った皿。意外に子どもたちは興味を持ってくれます。

 4〜5歳くらいの子は、米粒の色や形や大きさの違いなどにも、すぐに気づいて、私に教えてくれます。そして、いくつかの質問によって、自分なりの推論を組み立てながら、この2種類のお米が、それぞれ別の食べ物に結びついていることに納得していくようです。

 しかし、彼IMG 9173らはそれに満足すると、さっさと別の遊びに向かってしまうのですが、ここに一番長居をしていくのが、実は3歳前後、今の時期の「はなぐみ」の子どもたちなのです。

 とりあえず、私に問いかけたりはするのですが、もっぱら、シャカシャカと米粒をかき混ぜながら、その感触や動きを楽しんでいるようです。しばらくすると、大半がお皿からこぼれてしまうので、「混ざらないように、元のお皿に戻してね。」と声をかけると、2種類のお米の違いを見分け、器用に米粒を摘んで分けていくのです。

 進級したての春からの成長に感動すると同時に、生まれてたった3年で、こんなに緻密で複雑な判断と作業ができるのかと驚いてしまうのでした。

 さてさて、先日から巷を賑わせているのが、テニスの全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手です。

 その活躍もさることながら、彼女のユニークなコメントも、よく話題となるのですが、先日の会見でも、試合で追い込まれた時の己れの精神力の弱さを、「まるで3歳児のよう」と表現していました。

 それを聞きながら、以前映像で見た、形勢が不利となった試合で、「もうコートに戻りたくない!」と駄々っ子のような言葉をコーチにぶつけていた彼女の姿を思い出して、確かに、ちょうど3歳児のようで、いいところを突いているな、と私も思わず頬を緩めたのでした。

 そして、優勝後の会見では、「今日で5歳かな。」と、今大会での勝因に、精神力の成長をあげた彼女。

 まだまだ、自分の願いの中だけで生きようとする天真爛漫な3歳児と、状況を受け入れ、周囲と折り合いをつけ始める5歳児。

 謙虚な彼女は、「少しは、成長できたかな」くらいの意味を「5歳」に込めたのかもしれませんが、劣勢に陥った時、目を閉じ、懸命に気持ちをコントロールしようと、必死に何かを念ずるような決勝戦での彼女の姿を重ねた時、この3歳と5歳という表現は、厳密な発達的な意味合いにおいても、案外当たっているのかもしれないな…と、彼女のコメントを聴きながら、そんなどうでもいいことを考えていました。

 そして、気持ち切り替えるために彼女が自分に言い聞かせたのは、「素晴らしい相手とプレーしている」という言葉。つまり、今の辛い状況は、そういった幸運な状況の裏返し…だから、それを楽しまなければ損…そんなメッセージに、私には聞こえました。

 時には3歳児のような思いにも駆られる私たちが、気持ちを切り替えるコツ、逆境を乗り越える術は、むしろその状況への「感謝」なのかもしれません。

 それでは、正真正銘の3歳児はどうしていけばいいのでしょうか。子どもの願い、思い、時にはわがままであっても、「そうなんだね。」と、まずは十分に受け止めてあげること。そして、「いいんだよ」「なるほど」、時には「でもね」と切り返していくこと。

 いいリターンが、どうやら勝負を決するようなのです。

(平成31年1月号 園だより「ひぐらし」より)

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